お知らせ・トピック
教室紹介:雑誌「ウイルス」2024年6月号
雑誌「ウイルス」2024年6月号に私たちの研究室の紹介記事を掲載していただきました。
ウェブなどで公開されていないので、以下に全文を掲載させていただきます。
東京大学大学院医学系研究科・医学部 病因病理学専攻 微生物学講座 微生物学
竹田 誠
〒113-0033
東京都文京区本郷7-3-1
電話 03-5841-3408
email: mtakeda@m.u-tokyo.ac.jp
ホームページ https://microbiology.labby.jp
研究室について
私が、ウイルスの研究をはじめた当時(平成7年、1995年)、本教室(当時は細菌学)の教授は、後に国立感染症研究所長に就任された吉倉廣先生でした。当時の主な研究課題は、マウスレトロウイルスを用いたレトロウイルスの増殖機構の解明であり、それに加えてC型肝炎ウイルスに関する研究など、多岐に渡る先進的な研究が行われていました。平成12年(2000年)には、後に日本学士院賞を受賞された野本明男先生が吉倉先生の後任として教授に就任されました。野本先生の主な研究課題は、ポリオウイルスの複製と病原性の解明であり、IRES(internal ribosome entry site)による翻訳制御やポリオウイルス受容体に関する研究で多くの顕著な成果を挙げられました。
平成22年(2010年)には、野本先生の後任として畠山昌則先生が教授に就任されました。畠山先生はピロリ菌のCagAタンパク質による胃癌発症メカニズムを次々と解明し、その功績により武田医学賞を受賞されるなど、輝かしい業績を挙げられました。そして私は、令和4年(2022年)9月1日に畠山先生の後任として本教室の教授に就任いたしました。
准教授には、私が前職で部長を務めていた国立感染症研究所ウイルス第三部の第三室(ムンプス室)の室長であった加藤大志先生が、私が教授に就任した日と同じ日に着任し、二人で研究室の運営を開始しました。その後、令和4年(2022年)12月1日に同じく国立感染症研究所ウイルス第三部第四室(インフルエンザワクチン担当室)の赤堀ゆきこ先生が助教として加わり、さらに令和5年(2023年)4月1日には、仙台医療センターのウイルスセンターに所属し、東北大学大学院で博士号を取得したばかりの北井優貴先生が助教として着任しました。これにより、研究室のスタッフ体制が整いました。研究室は、東京大学本郷キャンパス医学部教育研究棟10階南側にあります。
私の着任から約1年9ヶ月が経ち、現在の研究室は、教授1名、准教授1名、助教2名、技術補佐員2名、特別研究学生(博士課程4年生)1名、博士課程1年生2名に加え、東京大学医学部のMD研究者育成プログラムなどを利用して通ってくる医学部学生5名(5年生2名、4年生2名、3年生1名)で構成されています。学ぶことへの熱意と才能にあふれた若者たちによって、研究室は活気に満ちています。私たちは、病原体の研究を通じて科学や社会へ大きく貢献し、次世代を牽引する多くの人材を輩出するため、スタッフ一同、そして学生全員が、日々努力を重ねています。
研究について
1. モルビリウイルスの宿主域や抗原性決定基盤に関する研究
パラミクソウイルス科モルビリウイルス属のウイルスには、麻疹ウイルスをはじめ様々な動物のモルビリウイルスが知られています。受容体であるSLAMやネクチン4、自然免疫応答の動物種差の解析を通じてモルビリウイルスの宿主域がどのような分子メカニズムで決まっているのかを研究しています。そのことを通じて麻疹ウイルスの理解を深めるとともに、モルビリウイルスの進化や種間伝播の分子基盤を明らかにしようと試みています。また、麻疹ウイルスは抗原性が変化しないウイルスとして知られていますが、近縁のモルビリウイルス間では抗原性の交差性があまり高くありません。これらの分子基盤を一つずつ解明することで、広くウイルスへの理解を深めていくことを目指しています。
2. パラミクソウイルスのRNA合成機構に関する研究
パラミクソウイルスは細胞に感染すると細胞質に封入体と呼ばれる非膜性の構造体を形成し、RNAを合成します。私たちの研究室では主にパラミクソウイルス科のムンプスウイルスを用いて、封入体の形成機構や封入体にリクルートされる宿主因子の機能を解析し、パラミクソウイルスのRNA合成機構を明らかにしようと考えています。これまで、シャペロンタンパク質であるHeat shock protein 90がムンプスウイルスのポリメラーゼタンパク質の成熟に重要な役割を持つこと、R2TP複合体がウイルスRNA合成を制御することで効率のよりウイルス増殖に寄与することを報告してきました。現在は共焦点レーザー顕微鏡に加え、超解像度顕微鏡や電子顕微鏡を用いて、詳細な封入体構造を明らかにしようとしています。また、空間的トランスクリプトーム解析や近接依存性標識法を用いて、封入体に存在する宿主のRNAやタンパク質を同定し、その機能解析を進めています。
3. 呼吸器ウイルスと宿主プロテアーゼに関する研究
多くのウイルスの膜融合タンパク質は、感染する宿主細胞の蛋白分解酵素(プロテアーゼ)を用いて活性型になります。そのため、各々のウイルスがどのプロテアーゼを利用できて、また身体の中のどの組織(どの細胞)がそのプロテアーゼを発現しているかということが、ウイルスの病態と密接に関連しています。私たちは、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス、ニューモウイルス、コロナウイルスなどの呼吸器ウイルスの感染において、II型膜貫通型セリンプロテアーゼTMPRSS2が重要な役割を担っていることを示してきました。この知識は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の国内での対策、国際的対応においても大いに役に立ちました。現在も様々な呼吸器ウイルスに関して、動物モデル、オルガノイドモデルなども活用して、他のプロテアーゼの関与も含めて、その増殖機構の解明を目指しています。
4. ヘニパウイルスの糖タンパク質とワクチン開発に関する研究
パラミクソウイルス科ヘニパウイルス属に分類されているニパウイルス、ヘンドラウイルスは、最も危険度が高いとされるレベル4病原体です。近年、多種多様なヘニパウイルスが見つかっています。私たちの研究室では、パラミクソウイルス科のウイルスの研究を最も主要なテーマとしており、ヘニパウイルスにも強い興味を持っています。現在、ヘニパウイルス属の複数のウイルスについて、受容体結合や膜融合を担うウイルス糖タンパクに注目し、解析を始めています。また、他の安全なパラミクソウイルスをベクターとしたヘニパウイルスワクチンの開発を目指した研究を進めています。
5. 光遺伝学を用いたウイルスベクター開発に関する研究
パラミクソウイルス科のウイルスには、ヒトや動物に疾病を引き起こす多種多様な病原体が含まれていますが、それらのウイルスを遺伝子治療、癌治療、再生医療などに活用する試みが活発に行われています。私たちは、パラミクソウイルス科のウイルスの増殖を光遺伝学的に制御する技術を開発してきました。現在は、この光制御性ウイルスを癌治療に用いる腫瘍溶解性ベクターとして活用することを目指した研究を開始しています。今後も、さまざまな最新技術を導入したウイルスベクターの開発を行うことを計画しています。
抱負
2020年、私たちは100年に一度とも言われるパンデミックを経験しました。前職の国立感染症研究所ウイルス第三部は、コロナウイルスを含む呼吸器ウイルスの実験室ならびにワクチンの担当部門であったため、国内の第一例目の診断にはじまり、その後の全国自治体への検査の展開、ワクチンの国内導入、導入のための検査、承認後の国家検定検査など、数々の貴重な経験をすることになりました。苦しい中でも迅速に対応できたこと、研究者としての蓄積が生かせたこと、それまでに培ってきたネットワークが生かせたこと、いくつかの成果があったと考える一方で、足りなかったこと、できなかったことは、その何倍もありました。今回、東京大学医学部の微生物学講座において新たに研究室を主催させていただくことになりました。前職とは違い、行政の現場から教育の現場へと移りましたので、長期的視点に立ち、感染症研究の基盤を固め、また自由な発想で研究を展開していければと考えています。そして、そのことを通じて、将来の感染症研究、そして感染症対策の基盤を支える、またはトップに立って牽引するような次世代を多数輩出する研究室を目指していきたいと思います。どうか引き続き私どもに、ご支援ならびにご指導を、よろしくお願い致します。
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